12.

 

 再び訪れた山は、さらに銀樹の侵食が進んでいた。
 木々が銀の根に押し倒され、あの女がいる山頂まで見通せるようになっている。
「覚悟はいい、サチ?」
『うん、大丈夫』
 
 戦闘に特化した、新しい身体の具合を確かめるように手足を動かす。
「でも、この見た目がちょっと……まるでワンちゃんじゃないの」
 頭部から垂れ下がる二つの追加レーダーと、お尻から伸びる放電用アンテナ。
 はっきり言って、ちょっと恥ずかしい。
『そうかな? 巨人にされたときと比べたら、かわいくていいと思うけど』
「……ごめん、確かに贅沢言ってられないわよね」
 山頂に向き直る。
「それじゃ、行くわよ!」
 背中のブースターに点火し、推力に任せて斜面を跳ぶように駆け上がる。
 こちらに気付いた銀根の末端が、コブラのように身を起こした。
 
 根の動きを例えるなら、“生き物のように”ではなく“軍隊のように”が正しい。
 牽制、遮り、追い込み。 全ての動きがあの女の意思の元に統率されている。
 これを乗り切るために私達のとるべき方法は、
「サチ、頼んだわよ!」
『まかせて!』
 この身体を動かす神経回路を、両方の脳に対してオンにする事だ。

 

 

 

 突き出される根を飛び越え、振り下ろされる根を弾き、横に薙ぐ根をくぐり抜けて山頂へ跳ぶ。
 いける。 前は逃げるのが精一杯だったけど、今は根を捌きつつ前進できている。
 
 サチがレーダーで根の動きを捉え、その意図を読み、最適なルートへ方向を定める。
 そして、私が迫る根を寸前で回避し、姿勢を保つ。
 数千本の根を手足とするために、あの女が脳を強制的に高速化させているのをCPUの
オーバークロックに例えるなら、私達は二つの処理を並行して行うデュアルCPUマシンだ。
 性能は、今のところ互角。
 でも、放射状に広がる根の中心に近づくにつれ、根の存在密度は急速に増していく。
『警部さん、そろそろ限界!』
「分かったわ、過電流放電用アンテナを起動して!」
 自身を電磁波から守るため、尻尾が直立する。
「これでも、食らいなさいっ!」
 バックパックから電磁波爆弾が上空へ射出される。 そして、一帯に響き渡る炸裂音。
「ぐ、がぁぁぁぁ!!」
 と同時に、山頂から人とは思えない悲鳴が響いた。 全ての根が力を失い、無残にしおれていく。
 
 タイムリミットは十秒。
「間に合うか…」
『間に合って!』
 山頂の銀樹本体が目視できる距離まで迫る。
「…お、まえ…何をした!?」
 女が悪魔のような視線を向ける。
 機器のショートがもたらす激痛に顔を歪ませながらも、その戦意は少しも衰えていない。

 

 

 

 右手に仕込まれた大型レーザーメスを起動する。
 博物館の床を切り抜くのに使ったレーザーメスを、複製してもらったものだ。
 
 残り五秒。 間に合う、と思った瞬間、あの女は信じられない行動に出た。
「あたしを、なめるな…!」
 最も電磁波に弱かったシステム、痛みの元凶である脳内処理高速化装置。
 首筋の端子に接続されていたそれを、あの女は自ら引き抜いた。
「『なっ!?』」
 女の周囲の根が活力を取り戻し始める。
「お前を仕留めるのに、全部の根を操る必要などない! この十本で充分…!」
 
 チャンスは、一度。 一撃で女の動力炉を貫けば勝ち。 失敗すれば負けだ。
 これは私と警部さんだけではなく、あの女にも共通の認識だったに違いない。
『警部さん、お願い! 私にやらせて!』
「サチ…?」
『私には分かるの、動力炉の位置が!』
 幹と同化していても、女の本体は昔の私と全く同じ姿だ。
 内部の構造も一緒なら、私は確かに動力炉の位置を知っている。
「…わかった。 サチを信じる」
 そう言って、警部さんは身体を私に委ねてくれた。
「さあ来なさい…この根で絡めとって、締め上げて、四肢をねじ切って…あたしの玩具にしてあげる」
 もう女の脅しに怯んだりしない。 失敗を恐れたりしない。
 位置は分かっているのだから、石板の足元を切り抜いたときより簡単だ。

 

 

 

 根が力を取り戻すのと、私が女の身体を射程に捉えるのは同時だった。
 身体に絡みつく根に構わず、何も考えず、
「はあぁぁぁぁぁ!」
 ただ真っ直ぐに胸の一点を貫いた。
 
 
「な…ぜ…」
 かろうじて聞き取れるほど小さい声は、動力を失った女のもの。
 力を失った根が、私の身体から剥がれ落ちていく。

「なぜ…位置が…分かった…?」
「そんなの、あなたが教えてくれたじゃないの」
 胸を貫いた瞬間の、触れ合うほどに顔を寄せ合った姿勢のまま、言った。
 
「あなたの身体の中身なら、何十回も、何百回も見せてくれたじゃない。 赤い水の中で…」
「お、お前は……!?」
「そう、実演付きで、私の身体を使って!!」