13.

 事件の裁判は、被告人が身体無しで出廷するという異例のものになった。
 あの女の義体が間に合わず、ガラス瓶内の脳にスピーカーとマイクが
接続された姿で審理を受ける事になったためだ。
 でも、被告人の姿は審理に全く影響しなかった。 そもそも女は完全な記憶喪失に陥っていたからだ。
 脳高速化装置の強制切断のせいか、それとも動力炉を貫かれたショックのせいか、原因は分からない。
 とにかく、事件の真相は闇に消えた。
 
 私はというと、カズヒロさんに作ってもらった新しい義体に脳を移してもらい、
家族のもとへ帰ることが出来た。
 でも、そこはもう私の居るべき場所ではなかった。
 家族との記憶も友人との記憶も失った私。
 法律上は無罪でも、怪盗ガジェットとして数々の盗みを働いたという事実。
 そして何より硬く冷たいこの身体が、私の今と昔を完全に断絶させていた。
 
 私はもう、何一つ元には戻れない。

 

 

 数年後…
 
 
「ねぇ、警部さんは!?」
 刑事部屋に駆け込むなり、近くの同僚に尋ねる。
「あれ。 サチさん、警部と一緒に出たんじゃなかったの?」
「私は聞いてないわ! どこに行ったか知らない?」
「例の兵器密輸の現場を偵察してくるって言ってたけど」
「なっ!…そういう忍び込む仕事は私の役目だって言ったのに!」
 同僚への礼もそこそこに、私は窓から署を飛び出した。
「警部さんが行ったら、偵察どころか御用改めになるに決まってるじゃない…
もう、すぐ一人で突っ走るんだから…」
 
 取引現場と目される波止場に着いてみると、案の定、警部さんが倉庫の屋根の上で仁王立ちになっていた。
 コンテナの陰から窺ってみると、倉庫の周りには、警部さんに銃を向ける密輸犯たちが数十人。
(やっぱりね…)
 すでに一触即発。 予想通りの事態はいえ、思わずがっくりと肩を落としてしまった。
(とにかく、まずは連中の注意をそらさないと)
 昔とった杵柄だ。 手早く発煙弾を装填し、直感で弾道と炸裂地点を決定する。
 腕部からせり出した砲身を密輸犯たちの風上に向け、トリガーを引いた。

 

 

 

 爆音とともに、倉庫付近の一帯が煙に包まれる。
 混乱する密輸犯たちの隙をついて、素早く倉庫の屋根に飛び乗った。
「警部さん!」
「サチ、何でここに!?」
「それはこっちの台詞なんだけど…その話は後回しね」
「うん、丁度良かった。 サチの力を貸して!」
 
 私の脳と身体を結ぶ神経回路を、外部接続に切り替える。
『警察式義体二号機、アズマ・サチ。 これより一号機と接続します』
 警部さんと背面ハッチを合わせて、私の脳をこの胸内から警部さんの胸内に送り込む。
『同じく一号機、アズマ・ハツミ。 アズマ・サチの神経回路との接続を確認』
 抜け殻になった私の身体が多々のパーツへと分解し、警部さんの身体を武装していく。
『『合体の完了を確認。 一号機、二号機、並行制御モードに移行します!』』
 
 倉庫の下には、ようやく煙幕から開放された密輸犯が数十人。
 千本の銀根と比べたら、随分と楽な相手だ。
『戦意を取り戻した奴から順番に潰していくわ。 サチ、ナビゲートをお願い』
『分かってる。 任せて!』
『行くわよ。 一人残らず引っ立ててやるんだから!』

 

 

 

 三十分後。 既に密輸犯全員の拘束が完了してから二十七分、ようやく警官隊が現場に到着した。
 犯人達を護送する車が、次々と署に向けて波止場を発っていく。
『ところで警部さん。 こういう危険な仕事のときは、私に相談してくれるって約束だったんじゃないの?』
『それは、その……つい』
『全く…私が加勢に来なかったらどうなっていたことか…』
 すぐ一人で突っ走る警部さんの癖は、何年経っても一向に治る様子がない。
 ここはやっぱり、私が色々フォローしてあげないと。
 
『ところで、サチ? もう合体を解除してもいいと思うんだけど…』
『ダメです。 警部さんが約束破ったから、今夜まで分離してあげません』
『今夜って…まさか』
『そうです。 罰として、私と一緒に気持ちよくなってもらいますから』
『う……またこの身体で、エッチなことするの?』
『はい。 それとも、警部さんは気持ちいいの嫌いでしたっけ?』
 調子に乗って、少し意地悪な質問をしてみた。
『その、嫌いじゃないけど…サチのは、激しすぎるというか…』
 まずい…警部さんのもじもじと恥らう声が、こんなに可愛いなんて…
 あの女の嗜虐癖が伝染しちゃったのだろうか。
 
『警部さん、ちょっと身体借りるね』
 痴話のドサクサに、警部さんから身体の操作権を奪い取る。
『ちょっと、サチ、何するの!?』
『人の来なさそうな所へ行こうと思って……夜まで待てなくなっちゃったから』
『ええ!? そんな、嘘でしょ!?』
『残念でした。 私は本気です』
 パニックになっている警部さんを私の中に閉じ込めて、倉庫の陰に向かって走り出した。
 
 
END