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「さあ、起きて……どう、気が付いた?」
 誰かの声が聞こえる。 その言葉に操られるように、私はゆっくりと目を開いた。
 ぼんやりとした意識のまま、ふと視線を落とすと、
「あ……っ!」
 そこには、鈍い金属光沢を放つ、漆黒のボディがあった。
「あ…あ…」
 あの時の恐怖が甦るのと同時に、悲鳴に似た声が漏れた、そのとき、
「大丈夫よ」
 不意に、背後から誰かが私を抱き止めた。
「け、警部さん…」
「おはよう、サチ」
 振り返ると、警部さんがにっこりと微笑んでいた。
 
 この日、アズマ・サチと改名した私は、警察官として採用され、アズマ・ハツミ警部さんの元に配属された。
 但しその条件として、私は日常生活用の義体から警察式義体への改造を受けるように求められた。
 もちろんそれは私の望むところだったけど、だからと言って、肉体を奪われたときのトラウマは
誤魔化せなかったみたいだ。

 

 

 

「カズヒロさん、お疲れ様です。 ありがとうございました」
 私の改造を担当してくれた、技術捜査部の天才技術官、カズヒロさんに頭を下げる。
「あの、気分はもう大丈夫ですか?」
 おずおずとカズヒロさんが尋ねてくる。
「もう大丈夫です。 それに、出来るだけガジェットと同じ身体にしてください、って頼んだのは私ですから」
 台から降り、ゆっくりと歩いてみる。
(あ、なつかしい。 この感覚…)
 身体が軽い。 複数のセンサーから、周囲の情報が脳に流れ込んでくる。
 これなら昔のように屋根から屋根へ飛び移ったり、厳重な警備をすり抜けたり出来るに違いない。
 でも、もう一つ大事なのは…
「ところでカズヒロさん、“あの”パーツは付けてくれました?」
「…っ! と…それは、はい、確かに」
 頷くカズヒロさんの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
 
「ちょうど良かったわ。 カズヒロ技術官」
 警部さんが私のそばを離れて、ずいとカズヒロさんの前に立ちはだかった。
「は、はい」
「今話してた“あの”パーツの事だけど。 それを私に無断で取り付けた件、まだ説明してもらってないわね」
「いえ、それは、その…」
「今まで色々と忙しくて、うやむやになってたけど、今日こそ説明してもらうわ」
 カズヒロさんが壁際に追い詰められていく。
 年上の男性を後じさりさせるなんて、やっぱり警部さんは迫力が違う。 というか、
カズヒロさんが弱気なだけかも。

 

 

 

「で、どうなの。 理由と目的は?」
(警部さん、訊かなくても分かってるくせに…)
 捜査に没頭すると他の事に頭が回らなくなる癖は有名だけど、一度追及の対象にしたら、
警部さんの洞察力はものすごい。 たとえそれが色恋沙汰であっても。
 というか、誰だって分かると思う。 そんな理由、一つしかないのに。
 
 そのとき、実にタイミングよく、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
 返事を待たずに飛び込んできたのは、かつて警部さんとコンビで私を追っていた刑事さんだった。
「警部、大変です! あの、刑務所で服役中の“古代石板連続盗難事件”の犯人が拉致されました!」
「!?」
 一瞬、時間が止まったかのような沈黙が部屋を支配した。
 あの女が…私から人の身体を奪ったあの女が、連れ去られた?
「それは、本当なの!?…脱獄ではなく、拉致?」
「はい。 外部から侵入したと思われる何者かが、受刑者を拘束して連れ去るのが目撃されています」
 私と警部さんは顔を見合わせた。
「どういう事、でしょうか…?」
「…とにかく、すぐ現場に向かうわ。 サチ、私に付いてきて!」
 そう言って、警部さんは窓から外へ飛び出した。
 その後を追って窓枠に足をかけたとき、カズヒロさんが微かに呟いた言葉を、
私の聴覚センサーは聞き逃さなかった。
 
「姉さん…」
 確かにカズヒロさんはそう言った。