2.

 

 その日、私は昼ごろから妙な腹痛を感じていた。 夜になってもおさまる様子はないし、何だか食欲もない。
 でも、それほど気には留めなかった。 だって、私くらいの女の子が「月のもの」でいろいろと
身体が変になるのはよくあることだったから。
 
「ユカリ、お願い。 来週の地区予選だけでいいから、出てくれない?」
 受話器の向こうで、水泳部の友人が私の説得に必死になっている。
「ほら、ユカリって泳ぐの速いし、プールは好きだっていつも言ってるじゃない」
「で、でも…私が好きなのは、水に潜ったり浮いたり、のんびり泳ぐ事だし…
それに、私は大会のプレッシャーとか苦手だから…」
「お願い、そこをなんとか! ここは一つ、人助けだと思って…」
 友人がケータイ片手にベッドの上で土下座している姿が手に取るように分かる。
「…わかったわよ。 地区予選だけだからね」
 大きな溜め息を一つして、私はしぶしぶ依頼を引き受けた。
「やったーっ、ありがと! 恩に着るわ!」
 大袈裟に喜ぶ友人の声を聞いて、もう一つ溜め息が出た。 また上手く丸め込まれてしまったみたいだ。
 時々、自分の人の良さが嫌になる。
「それじゃ、明日の放課後から早速練習に加わってね。 よろしく!」
 私の気が変わらないうちに、だろう。 必要事項をすばやく伝達すると、友人はそそくさと電話を切った。

 

 

 

 ともあれ、引き受けてしまったものは仕方ない。
 タンスの奥から競泳用の水着を引っ張り出す。
「去年の水着、まだ着れるか確かめておかないと…」
 これでも私はまだ成長期だ。
 ところが、いざ服を脱いで着替えてみると、私の身体は小さなポリエステルの服の中に
すっぽりと納まってしまった。
「………?」
 なんか変だ。 去年から全然成長していない身体の事じゃない。
 昼から感じていた腹痛が急に強くなってきている。 額に脂汗がにじんでいくのが分かった。
「痛……っ」
 耐え切れずに、タンスの前にしゃがみ込む。
 その激痛は、お腹の右下から発せられていた。
 
 私はその水着姿のまま救急車に乗せられ、近所の大学病院に運び込まれることになってしまった。
 診断は急性虫垂炎。
「大丈夫、必ず治るよ。 虫垂炎なんてよくある病気だから、心配しないで」
 救急外来のお医者さんは、そう言って鎮痛剤を打ってくれた。
「虫垂炎って、やっぱり手術するんですか?」
「場合によっては薬で散らせるけど、君の場合は手術しないと無理だね」
「そうですか…」
「手術は今夜のうちにやる事になったから、心の準備をしておいてね」
「えっ、今夜!?」
 心の準備なんて、とても間に合う筈なかった。

 

 

 

 私の寝かされたベッドは、手術室と一般病棟の境目の引継ぎ室に運び込まれた。
 この先は清潔区域で、廊下の先にいくつもの手術室があるらしい。
 時刻は深夜。 この部屋で私のほかに手術を待っているのは、私と同じくらいの女の子一人しかいなかった。
(この子も、急患なのかな?)
 そっと隣のベッドを覗いてみると、その子は安らかな顔でスースーと寝息を立てていた。
 包帯や点滴もないし、顔色も悪くない。 素人目には病人に見えなかった。
 
 そのとき、手術室側の扉が開く音がした。
(来た…!)
 思わず目をつぶる。 死刑囚って、こんな気分なんじゃないだろうか。
(私の番かな、それとも隣の子が先かな?)
 少しの間があった後、動き出したのは私のベッドだった。
 緊張が心臓の動きを速めていく。
(落ち着いて…落ち着いて…)
 ぎゅっと目を閉じたまま、私は祈るように自分自身に言い聞かせ続ける。
 私を乗せたベッドのキャスターの音だけが、静か過ぎる廊下に響いていた。