3.

 

 扉の閉まる音が聞こえた。 どうやら手術室に着いたみたいだ。 
(いよいよ…始まるんだ)
 そっと薄目を開けて、まわりの様子を見てみる。
(…?)
 何か、変だと思う。
 漫画やドラマで見るようなベッドや手術灯があるから、たぶんここが手術室で間違いないと思うけど、
部屋の中にいるのは、若い女の人と私の二人だけだった。
 手術って何人ものスタッフでやるものじゃなかったのだろうか…
 
「…はい、既に実験体は搬入されました…」
 お医者さんらしき女の人は、内線電話で何か話している。
「…年恰好に矛盾はありません。 本人に間違いないと思います」
 その女医さんは、横顔だけでもそうと分かるくらいの美人だった。
 けれども、女医さんの話す言葉には、感情というものが感じられない。 無表情なまま、受話器に向かって
淡々と答えている。
 そう、まるで機械のように。
「…はい、眠っています。 睡眠薬がまだ効いていると思われます」
 睡眠薬で眠ってる…というのは、まさか私のことだろうか。
 私は目をつぶっていただけで 眠ってなんかいないし、睡眠薬も飲んでない。
 ひょっとして、何か手違いがあったんじゃないだろうか。

 

 

 

「では、これから作業を開始します」
 そう言って女医さんは電話を切った。
 そして傍らのテーブルから注射器を取り上げ、それを手にゆっくりと私のベッドへ歩み寄ってくる。
「あ、あの、ちょっと待ってください!」
 直感的に身の危険を感じた私は、思わず声をあげた。
「…目が覚めていた?」
 女医さんは少し怪訝そうに呟いただけで、その行動を止めようとしない。
「あの、ひょっとして、私を他の患者さんと間違えて……きゃっ!」
 不意に、女医さんは無言のまま仰向けの私に覆いかぶさり、私の肩を押さえつけた。
「い、痛い、放してください! 一体何を…!?」
 女医さんは片手で私を組み敷いたまま、まるで私の言葉など聞こえていないかのように、
その注射器を私の首筋に突き刺した。
「あっ!?」
 鋭い痛みが走る。 それと同時に、全身の感覚がだんだんと鈍り始めた。
「っ…ちょっと…待っ…て…」
 舌が麻痺して、言葉にならない。
(一体…何が、どうなって…)
 そこで私の意識は途切れた。

 

 

 

(痛い、痛い…!) 
 私の意識を引き戻したのは、激痛だった。 
 それはさっきまでの腹痛とは全く別の、まるで全身を内側から引き裂かれるような痛みだった。 
  
 痛みで朦朧とする意識の中で、知らない男の人が、低い声で話しているのが見えた。 
「それはつまり、この失敗はもう取り返しがつかないということかね?」 
「はい」 
 それに答える無感情な声。 さっきの女医さんに違いなかった。 
「なら、仕方あるまい。 そうと分かった以上、こんなモノは早急に院外に廃棄したほうが得策だのう」 
「………」 
「県北に産廃処分場があったな…あそこがいい。 悪臭とゴミの中なら発見される事もあるまいしな。 
…木を隠すなら森の中、屑鉄を捨てるのは産廃の中、とな」 
  
 このとき、まだ私は自分の身に何が起こったのか分からなかった。 ただ、“屑鉄”に例えられたモノは 
私なんだと、男の視線が言っていた。 
  
 台車が用意され、私の身体は乱暴にベッドから台車へと下ろされた。 
(きゃあぁっ!!) 
 ガシャン、という音とともに全身を襲う激痛。 
 それで、かろうじて保たれていた私の意識は再び吹き飛んだ。

 

 

 

 次に気がついたとき、視界にあったのは、一面に広がるゴミの野だった。
 雨が降っている。 大きな雨粒があたりのゴミを叩いていた。
(身体が…動かない)
 指の一本さえピクリともしてくれない。 なのに、あの全身の痛みだけは断続的に私を苦しめる。
 この産廃処分場に満ちるザーという雨音は、壊れたテレビのノイズ音を思わせた。
 
 結局、私に何があったんだろう。
 突然お腹が痛くなって、突然手術する事になったと思ったら…
なぜか身体が痛くて、動かなくて…こんな所に捨てられて…
(夢…だよね…こんなの)
 だって、こんなにわけが分からないこと、あるはずない。
 
 雨音が遠くなっていく。
 雨が止もうとしているのだろうか、それとも私の気が遠くなっているのだろうか。
 視界が暗くて、もう区別が付かない。
 
 眠るように、私の意識が消え入る寸前、誰かの声が聞こえた気がした。