7.

 

 精神科病棟505号室から現れたのは、少女を乗せたベッドと、それを押す不審な男が一人。
 すると、周りの病室からも男が次々と現れ、少女のベッドを囲むように集った。
「行くぞ」
 最初に出てきた男が、低い声でただ一言告げる。
 残り五人が無言で頷き、ベッドを先導するように歩き出した。
 
 夜の廊下に低い足音とベッドのキャスターの音だけが響く。
 ベッドに乗せられた少女は、安らかな顔で微かな寝息を立てている。
 自分が得体の知れない男達に囲まれて、どこかへ運ばれている事など、知るよしも無かった。
 
 ベッドがエレベーターの前で止まる。 男達はベッドを別の階に運ぶつもりらしい。
 男の一人がボタンを押す。
「ん?」
「おい、どうした?」
「エレベーターのスイッチ、押しても反応しねえ」
「なに、故障か?」
 最初の男が舌打ちする。
「フロアの反対側へ回るぞ。 あっちにもエレベーターがある」
「時間は大丈夫なんで?」 
「だから急ぐんだよ」
 少女を運ぶ男達は、足早にエレベーターホールを去った。

 

 

 

 男達は焦っていた。
 反対側のエレベーターを目的の一階で降り、真っ直ぐ予定のルートに戻ろうとしたが、
その途中には産婦人科の病室が並んでいた。
「どうします? この小娘が起きたら…」
 男達は、赤ん坊の夜泣き声が響く廊下を通る事に躊躇した。
「睡眠薬が効いてるはずだ、そう簡単に目は覚めないはずだが…」
「しかし、誰かに見られたら…」
 夜でも寝静まる事の無い人の気配。 結局、男達は更なる迂回を決断した。
 
「くそっ、急げよ! 前回みたいな人違いをしないために、時間は厳密に守れと言われてるんだ」
 ベッドのキャスターがガラガラと音を立てる。 既に男達には足音を忍ばせる余裕も無い。
 そんな彼らが、足元に待ち構える細い鋼線に気付くはずがなかった。
 病棟から本館への連絡通路を渡る。
「よし、もうすぐ手術室だ。 なんとか間に合…」
 男達の気が緩んだその瞬間、前を走る五人が前にのめった。
「なっ!?」「うおっ!?」
 何が起こったかも分からず、派手に転倒する五人。
「バッ、バカ!」
 目一杯の速度で走っていたベッドは、止まり切れずに男達の身体に乗り上げ、バランスを崩し…
 
 男が覚えているのはそこまでだった。 天井に張り付いていた人影が音もなく背後に降り立ち、
掌に仕込まれたスタンガンを自分の首筋に押し付けた事に、男は気付かなかった。

 

 

 

「痛ぇ…」「ぐっ…」
 男達が我に返り、よろよろと立ち上がる。
「あ…小娘が!?」
「どうした!? まさか…」
 男達の傍には横転したベッドがあるだけで、そこに寝かされていた少女は影も形もなかった。
「今ので目が覚めちまったんでしょうか」
「いや、まさか…」
「どうするんです、もし逃げられたら…」
 男達の顔から血の気が引いていく。
 
 そのとき、パタパタと足音を立てて、一人の看護婦が駆け寄ってきた。
「どうかされましたか? なんか凄い音が聞こえたんですけど、ガシャーンって」
 ベッドが横転した音を聞きつけてきたらしい。
「あの、お怪我とかありませんか?」
「そ、そんなことはいい! お前、女の子を見なかったか!?」
 男が必死の形相で看護婦に詰め寄る。
「ああ、その子でしたら、さっき私とすれ違って、裏口から出て行きましたけど…」
「!」
 看護婦が言い終わらないうちに、男達は弾かれたように裏口へ向かって駆け出した。
 
 
「…残念でした」
 一人廊下に残された看護婦がにやりと笑う。
 ばさりと脱ぎ捨てた薄桃色の衣装の下から、月光を受けて鈍く光る黒い身体が現れた。
「さて、アイツらの注意が裏口に向いてる間に、引き揚げますか」
 姿の消えた少女は、すぐ傍の掃除用具ロッカーの中で眠っていた。
 サチは少女の身体を抱え上げ、窓から飛び出したかと思うと、あっという間に夜の闇に溶けていった。