2.

 あの子に電撃を浴びせ、何の罪も無い老人を突き飛ばし、私は無事に「獲物」をアジトに持ち帰った。
 人里離れた森の奥にたたずむ研究所。その奥の部屋に、あの女はいる。
「ただいま戻りました」
 ゴトリ、と石板を台の上に置く。
「ほう、今回も無事に帰ったか。案外そろそろ捕まるかと思ったのだけど」
 残酷な笑みを浮かべながら、あの女が振り返った。
 女はまだ二十歳くらい、妖艶な姿がかえって人の皮をかぶった古狐を連想させる。
「これで、十枚目…」
 石板が本物であることを確認すると、女は悦に入ったように口元を吊り上げた。                                    illustration
「ほら、お前は次の仕事まで眠っていなさい」
 女が部屋の片隅の大きなカプセルを指差した。
 この身体にされて以来、私は命令された通りに盗み、それが終われば次の仕事までカプセルの
液体の中で眠らされることの繰り返しだ。
 食事も、楽しい会話も、娯楽も、希望も無い。私はまさに機械、まさに道具なのだと思い知らされる。

 

 

 戸を開けてカプセルの中に立つ。
 何十本ものコードが全身の端子に入り込み、同時に足元から緑色の液体が満ち始める。
 盗む事への嫌悪も、改造された身体の事も、何もかも感じないこの眠りの時間だけが、私の唯一の安らぎだ。
 なのに、今日の私はその安らぎを、自分の一言でぶち壊してしまった。
「その石板、一体何に使うの? あなたは何故そんなものを集めて…」
 あの老人への自責の念からか、老人の知りたかった事をつい口にしてしまったのだ。
「ふうん、道具のくせに私のすることに口出しするつもり?」
 女の視線が私を貫く。一瞬で私の背筋は凍りついた。
「あっ…いえ、何でもないんです。ひ、ひとり言です…」
「大した好奇心ね。ご褒美にいい夢を見させてあげるわ」
 女がカプセル脇のスイッチを押す。たちまち緑色だった液体が真っ赤に染まりはじめた。
「ごめんなさい! お願いだから、それだけは…!」
 女はカプセルのガラス越しに顔を近づけ、ニヤリと笑った。まるで私が苦しむのを愉しんでいるように。
「あ、あぁ…」
 悪夢を見せる赤い液体の中で、私の意識は闇に引き込まれていった。

 

 

 

(やめて…やめて…!) 
 あの女が私の調教に使う赤い液体。 
 それは、私の中に記録された忌まわしい記憶…私がサイボーグに改造されたときの記憶を再生する。 
 ループする悪夢の中で、私は肉の身体を何度も何度も失うのだ。 


「なっ…ここはどこ!? どうなってるの!?」 
 気が付くと、私は何か固い台のような物に、仰向けに寝かされていた。 
 体中のあちこちを冷たい金具が固定し、私に大の字のポーズを取らせている。 
(私は、確か…そう、体育の授業中だったはず) 
 首を固定されて見ることは出来ないけど、上半身をふわりと包む木綿の体操着の感覚と、 
下半身にフィットするブルマの感覚が、それを証明している。 
(そう、確か急にお腹が痛くなって、それで校庭の片隅のトイレへ行って、それから…) 
 そこから先の記憶がプッツリ切れていた。 
「あら、目が覚めちゃったの、運がいいお嬢さんね」 
 唐突に、右手の方から若い女性の声がした。 
「だ、誰なんですか? それにここは…病院、ですか?」 
 もしかしたら、トイレの中で急病になって、救急車で運ばれたのかもしれない。 
「フフ、お前が固定されているのは確かに手術台だけど、あたしがお医者様に見えるかい?」 
 コツコツと足音を立て、声の主が私の視界に入ってきた。 
 とても人命を救う人の顔には見えない。端正な顔立ちではあるけれど、その微笑みはまるで堕天使のようだ。 
「まさか、私を…」 
 真っ先に「陵辱」という単語が思い浮かんだ。だが、女が笑顔で告げたのは、もっと残酷な事実だった。

 

 

 

「今からお前は、生まれ変わる。サイボーグにな」
「サ、サイボーグ…?」
 何のことか分からない。
「そう、その若くてしなやかな身体を切り開いて、硬い金属の機械を埋め込む。
そして、その瑞々しい皮膚を剥いで、冷たい金属製の外骨格を被せる」
「えっ……?」
 そんなことされたら、私は、どうなっちゃうの?
「お前は血と肉でできた“人間”という存在ではなくなる。つまり、食事のための胃も、腸も、
呼吸のための肺も、生物の証たる心臓すら必要ない」
「いっ……いや、そんなのになりたくない! 私は、人間なの!」
「安心しろ、脳はそのまま残る。だから自分が人間だと思い続けるのは自由だ。
でも、お前は、自分の身体の90%が金属と置き換わっても、自分を人間と認知できるのかな?」
「いやああぁぁ!」
 私は暴れた。拘束されて満足に動く事も出来なかったけど、とにかく全身に目一杯の力を込めてもがいた。
 頭の中は恐怖で一杯。目には涙があふれ、耳には泣きじゃくる私の声しか入ってこない。
 何分間そうしていただろうか。ついに暴れるだけの気力も体力も失せて、ぐったりとなった瞬間、
「無駄な抵抗、ご苦労さま。お前の痴態、充分に堪能させてもらったわ」
 耳元でささやく声。同時に首筋にチクッと痛みが走った。
「あっ…」
 それが麻酔注射である事は、すぐに分かった。反射的に振り払おうとした腕は、力が全く入らなかった。

 

 

 


 そこから先の記憶は無い。でも、あの女は周到に続きを用意していた。
 私の改造手術を俯瞰図でビデオに撮影し、その映像データを私の外部メモリに保存していたのだ。


 私の目は焦点が合っていない。もう意識を失っているのだろう。
 カメラの位置からはあの女の表情は見えないが、きっと邪悪に微笑んでいるに違いない。
 女は拘束具を外し、私の体操服を一枚ずつ脱がしていく。
(今よ、さあ、目覚めて! 今なら逃げられる!)
 私は夢の中で叫ぶ。でもこれは既に起こった過去。変えられる筈が無い。
 ほどなく、思春期の少女のありのままの姿があらわになった。
 女がメスを取り上げ、私の二つの乳房の間に添える。
(やめて、やめてーっ!)
 スッとメスが沈み込み、下腹部まで一文字に私の身体を切り裂いた。
(いやあああぁぁ!!)
 あの女が、裂け目から無造作に私の中身を引きずり出していく。
 五臓六腑だけでなく、切断された肋骨や背骨まで、私が私として生きるために必要なものを。
(やめて、お願いだから…だめ、元に戻して…) 
 抜け殻となった私の身体の上から、機械の群れがゆっくりと下りてきた。
 自動車か何かの部品としか思えない、とても私の一部になるなんて認めることの出来ないガラクタ。
 それらが一つずつ順番に、私のお腹に納まっていく。
(もう…だめ…助けて)
 目を閉じることも逸らすこともできない、脳に直接送り込まれる映像。
 自分でも、発狂して心が壊れてしまわないのが不思議だった。

 

 


 そして悪夢はクライマックスを迎える。


「さあ、目覚めなさい。新しい身体の感想を聞かせてもらうわ」
「あ、れ? か、身体?」
 朦朧とする意識の中、首だけを動かして自分の身体を見る。
 真っ黒い身体。いつの間に着替えたのだろう、確かこんな服は持ってなかったけど。
 両手でその服に触れてみる。
 お腹に触れた指が、かちゃりと鎖のような音を立てた。
「え?」
 よく見ると、黒いのは服の色ではなかった。
 鈍い金属の輝きを持つ漆黒のボディ。冷たく硬い金属の外骨格。それが私の身体だった。
「あ…あ…」
 全てを思い出した。
 私は本当に、機械にされてしまったのか。
「…………………」
 悲鳴どころか声一つ出せなかった。
「どうした? 黙っていては伝わらないわ、どんな気分なの?」
 女の声など、聞こえなかった。
 あらゆる感情が強すぎて恐怖すら覚えず、私は俯いた姿勢のまま、
ただガタガタと身体を震わせていた。