7.

 

“古代石板連続盗難事件”最後の夜。深夜零時を待たず、異変は起こった。
「総員退避! 壁面及び石板から離れなさい!」
 コンクリートの壁が砕け散る。めくれた鉄筋の向こうから、ゆっくりとアイツが姿を現した。
「ば、化け物…!?」
 部下達が悲鳴を上げる。
「下がっていなさい! 私でも、アイツを止められるかどうか…」
(今まで何度も何度も裏をかかれてきたけど…でも、まさか、こんなのってアリなの!?)
 独りで石板の前に立ち塞がる。
「自称“怪盗ガジェット”、あなたに投降を勧めるわ。あなたは誰にどんな弱みを握られて…」
「邪…魔…!!」
 黒い巨体が腕を振り上げる。
「なっ!?」
 間一髪。
 鉄槌のような拳が、私の立っていた床を粉々に砕いた。
(説得が、いや、言葉が通じていない!?)
「石…板……これで…もっと、もっと…気持ちよく…」
 アイツは道をあけた私には目もくれず、何かに憑かれたように石板を求めている。
 その顔には、恍惚ともとれる表情が張り付いていた。

 

 

 
 


「このっ…お願い、止まって!!」
 十回目の捕獲網を射出する。
 以前なら確実にアイツを束縛できた強化鋼線は、巨人のような腕に容易く引き千切られた。
(一体どうすれば…)
 アイツが石板を強奪し、力任せに包囲網を突破してから、既に十キロは過ぎていた。

「あなた知ってる!? 石板はこれで最後なの。これを持ち帰ったら、あなたは用済みになってしまうの!」
 私は必死にアイツの背中に呼びかける。
「私はあなたに死んで欲しくないの! だから止まって、お願い!」
「………あなた…しつこい」
 返ってきたのは、明確な殺意だった。
「…えっ?」
 アイツが急減速で停止し、石板を地面に置く。
 そして、岩山のような肩に仕込まれた戦斧を抜き、構えた。
「そ、そんな…」
 アイツは操られているだけの被害者だ。それが分かっている以上、私達が戦う理由は無いはずなのに…
「…ぁ…あああ!」
 戦斧が唸る。ガードレールが寸断され、路面が砕け、電柱が薙ぎ倒されていく。
 ただひたすらに振り回されるだけの戦斧をかわす事は不可能じゃない。
 でも、捕獲・拘束用の武装が通じない以上、この戦いに終わりが見えなかった。

 

 

 

 

「ご苦労。確かに石板は受け取ったわ」 
 不意に、遥か頭上から私達を嘲るような声が響いた。 
「えっ!?」 
「あ…」 
 私達の動きが止まる。 
 夜空を見上げると、いつの間にか一機のヘリコプターが私達を見下ろすように浮遊していた。 
「しまった、いつの間に!?」 
 戦いの直前、アイツが地面に置いた石板が消えている。 
 ヘリから垂らされたクレーンが、石板を空高く釣り上げていた。 
「ああ……ご、ごほうび…を」 
「そうね、お前にはご褒美をあげる約束だったわね」 
 顔こそ見えないが、その声だけで奴の悪意が恐ろしいほど感じ取れた。 
「待ちなさい! 何を…」 
『自爆装置、起動。爆発まで、あと、三十秒』 
 アイツの身体から、最悪の結果を知らせるものが聞こえた。

 

 

 

「せっかくだから、ついでに正気に戻してあげたわ。
惚けたままでは、一生に一度しかない瞬間も充分に味わえないものね?」
 ヘリが去っていく。
 戦斧が力無く地面に落ちる音が聞こえた。
「う……うそ、でしょう…?」
 アイツの顔が感情を取り戻していく。恐怖という単一の感情だけを。
「い、いや…私、こんなところで…こんな姿で、死ぬなんて…!!」

 私は決断した。
 アイツの足元から戦斧を両手で取り上げる。
「ごめん! 私を信じて!!」
「えっ……!?」
 説明している時間など無い。
 思い切り地を蹴って跳躍する。
 戦斧を握る両腕に全力を込め、アイツの首めがけて振り下ろした。