8.

 

 幸いアイツに仕掛けられていた自爆装置は胴体の方にあり、戦斧で強引に切り離した頭部は無事だった。
 でも、生体脳維持装置が止まったままでは、結局アイツは…アイツの脳は死んでしまう。
 それを防ぐ方法は、現段階では一つしかなかった。
 
 アイツは今、私の中にいる。
 私の脳と維持装置を共有して、私の胸の中に納まっているのだ。
「ありがとう、カズヒロ技術官。 おかげで、彼女を救うことが出来たわ」
「いえ。 でも、警部が容疑者の首を抱えてきたときには、さすがに腰が抜けました…」
 互いに苦笑する。
「それで、彼女と“会話”が出来るようになるのは、いつ頃なの?」
「はい。 今、容疑者の脳は極度のストレスで昏睡している状態ですから…
目覚めさえすれば、いつでも尋問できる筈です」
「そう。 早く目覚めてくれるといいけど…」
 
 自分の胸に視線を落とす。
 既に各種の機器で一杯一杯だった私の中に、急遽アイツの脳を詰め込んだせいで、
私の胸部は大きく膨らんでしまっている。                                                                                         illustration
 期せずしてスタイルが良くなったわけだけど、何だか見栄を張っているようで、かえって恥ずかしい。
 かといって、お腹なんかに脳を入れたら、それこそ妊婦のようになってしまうのだけど…
「とりあえず、しばらくは安静にお願いします。 万が一、容疑者に負担がかかるといけませんから」
(…なんだか、本当に妊娠したような気分ね)
 タイミングを合わせたかのような技術官の言葉に、思わず苦笑してしまった。
 でも、ふと思った。 自分の中にもう一つの命がある。 この感覚はまさに妊婦のそれなのではないだろうか。
(今までの人生で、自分の妊娠なんて想像したことも無かったのに、
機械の身になってその感覚を味わうことになるなんて…)
 なんだか、とても滑稽な気分だった。

 

 

 

「それにしても何者なんでしょう、容疑者をこんな目にあわせた女は」
 そう呟いたカズヒロ技術官の顔は、暗く沈んでいた。
「やっぱり許せないの? 同じ技術者として」
「うちは代々技術者の家系ですが、“人の道を踏み外す無かれ”と教えられてきましたから。
…道に背いた肉親が勘当されたのも見ていますし」
「それは、随分と厳しいのね」
「ええ。 自分たちへの戒めとして、ある家宝を代々大切に受け継いでいるほどですから」
「家宝?」
「古代の石板です。 なんでも、超古代文明が自らの技術力に溺れて滅亡する様子が書かれた…」
 
「ちょっと待って、石板!?」
「え、ええ…」
(まさか、石板は十二枚で全部じゃなかった!?)
「見せて! それはどこにあるの!?」
「うちの家にありますが、今はまだ夜明け前で…」
「ごめん、すぐ見たいの、案内して!」
 彼の身体をひょいと持ち上げる。
「うわっ、わ!? ちょっと警部…!?」
 軽くパニックを起こしている彼を抱えて、窓から暁闇の空へ飛び出した。

 

 

 

 十三枚目の石板は、和室の床の間に飾られていた。
「確かに…この古代文字、一連の石板と同じだわ。 お手柄よ、カズヒロ技術…」
 振り返ると、彼はまだ肩で息をしながら畳の上にへたり込んでいた。
「あ、ごめんなさい。 そんなに怖かった?」
 彼の顔はかなり上気しているように見える。
 さすがに屋根から屋根へとブースター全開で跳んでいくのはまずかっただろうか。
「いえ…それもありますけど…その、警部に抱っこされるというのは、さすがに、なんといいますか…」
「え? おんぶは背面のブースターで大火傷するからまずいでしょう?
落っこちるのが怖かったら、帰りはもっとしっかり抱いてあげるけど」
「っ!!……も、もういいですっ!
……そうですよね、捜査に夢中になって他の事に気が回らなくなるのは、警部のいつもの癖ですし」
「…?」
「…と、とにかく、警部は安静にお願いします。 容疑者の脳を抱えてるんですから」
「分かってるわ。 分かってるけど、早くこの石板を考古学者に分析してもらわないと…」
 カズヒロ技術官が大きな溜め息をつくのが聞こえた。