9.

 

 二日間の昏睡から目覚めた私は、あの子に命を救われた事と、
“肉体”に続いて“身体”まで失ってしまった事を知らされた。
 どうして私ばかりこんな目に遭うのだろう…私は、神様に咎められるような罪を犯したのだろうか。
 
『こっちでいいのね? あの女のアジトは』
 内部回線を通じて、あの子の声が直接脳に響いてきた。
『はい。あと二、三キロほど行った所の、古ぼけた研究所です』
 十一回と半、往復した森道の風景が見える。
 足が地を踏みしめ、あの女の住処へ向かっていく。
『私、こわい…』
『大丈夫。 もうあなたに爆発物は仕掛けられていないし、何か危険があっても、
私はあなたの安全を最優先に行動するわ』
『うん、でも…』
 理屈じゃない。 私が数々の拷問を受けた場所、そこに向かっているという事自体に耐えられない。
 
『見えてきたわ。あれね』
『………』
 程無くして、恐怖の象徴とも言うべき建物が、木々の間から姿を現した。

 

 

 

(いやだ…こわい…)
 身体が勝手に廊下の奥へ、あの女の部屋へ進んでいく。 感覚はあるのに、自分の意思では動けない。
 私があの子の中にいるというより、あの子に取り憑かれて操られているというほうが、実感として正しかった。
 
 扉が開く。
「ようこそ。機械の婦警さん」
 あの声が無機質な部屋に響く。 壁には、十二枚の石板が方形に掲げられていた。
「よくこの場所が分かったわね…」
「余計なお喋りはいいわ、あなたには訊く事が山ほどあるもの。署の取調室でね」
「あら、窃盗容疑にしては随分と激しい敵意ね」
「黙って! あなたが肉体を奪った上に、奴隷として酷使していた娘の事、忘れたとは言わせないわよ」
(………)
「そう…機械にされた娘が可哀想なのね………なら、あたしはどうなの? あたしは可哀想じゃないの?」
『えっ…?』
 女が、その身に纏った白衣を、するりと脱ぎ捨てる。
「なっ…」
 その下から現れたのは、妖艶な顔に似つかわしい柔肌などではなく、
『私と、同じ!?』
 怪盗ガジェットと呼ばれた私と全く同じ、金属の外骨格だった。

 

 

 

「自分の意思でこんな身体になりたいなんて、思うわけ無いわよね?」
「………じゃあ、誰が」
「父よ。 あたしの」
「なっ……その父親は!?」
「絞め殺したわ。 あたしが、この手で。 本当に呆気無かったわ」
「………」
「その時気付いたわ、あたしは強いんだって。 そして、それがあたしの生きる意味になった…」
「どうして、そんな…」
「身体のほとんどが金属になってしまったあたしは、自分を人間と認識できなかった。
だから人としての生き甲斐なんか持てない。 あたしの生きる支えは、機械として強さを求める事!」
 
 クレーンが女の両肩を掴んで、宙に吊り上げた。
 肩接続部から両腕が、腰接続部から下半身が外される。
「!? 何を…」
 宙に浮かぶ胸像。 その首筋の端子に、小型の装置が接続される。
『あ、あの端子は確か脳に…』
 
「あたしは遂に手に入れた。かつて全世界を支配した古代の力を!」
 突如、轟音とともに研究所が崩れはじめた。

 

 

 

 研究所を振り返る。
 間一髪で脱出したその建物は、地下から湧き出す無数のパイプに押しつぶされようとしていた。
(一体、何なの……!?)
 銀色の金属光沢を持ちながら蛇のようにうねるそれは、際限無く溢れ出し山林の地形を侵食していく。
「どう? これが古代に世界を統べた覇王、“銀樹”の姿よ」
 放射状に広がるパイプ群れの中央に、あの女の姿があった。
(ひっ……)
 何千、何万もの銀の根が集束し、太く幹のように盛り上がった場所。
 その頂で、あの女の身体は樹と同化していた。
「こんなモノが、石板に記されていたっていうの…!?」
「そう、そしてこの機械と同化したあたしは、古代の技術そのもの…人間を超えたのよ!」
 私達の周囲の銀根が、一斉に鎌首をもたげる。
『に…逃げて! 早く!!』
「言われなくても!!」
 四方八方からの鞭のように唸る根、銛のように打ち込まれる根。
 それらの間隙を縫って、矢のように跳躍した。