10.

 

 日はとうに暮れ、患者達が寝静まろうとする頃、J大付属病院の一室で、二人の男が密議を交わしていた。
 事件の黒幕の一人、カドイデ教授と、その部下である。
「しかし、教授、本当にやるんですか? 今は操り人形とはいえ、この女の精神は不安定な状態ですよ」
「かまわん。 むしろ不安定だからこそやれと言われたのだ。 記憶も精神も不確かな女を技師にするより、
この女から聞き出した、別の適任者を技師に据えたほうが、計画がはかどるらしいからのう」
「はい、確かに」
「全くもって…これほど扱いづらい女だとは思わなんだ。 これなら、技術捜査部の技術官を引っ張って
来たほうが、まだ御しやすかったかもしれんのう」
「はあ…」
「ま、今更言っても詮無き事。 ほれ、あの女を連れて来い。 技術だけでなく、人間関係の記憶も
復元するぞ」
 カドイデ教授は、それが自らの破滅になるとは毛の先ほども思ってはいなかった。
 
 
「ほい、目を閉じて、気を楽に」
「……」
 椅子に座っているのは若い女性。 刑務所から拉致されたカズヒロ技術官の姉である。
「君の他に、サイボーグ技術を持っている人間を、誰か知らないかね?」
「……?」
「ふむ、質問を変えてみよう。 君の医学、工学の知識は、誰から教わったものかね?」
「……お父さん、です」
「そうか。 そのお父さんは、今どこにいるか分かるかね?」
「……?」
「覚えていないか。 なら、お父さんと一緒にいるときの事を思い出してごらん…どうだね?」
「……」
「今、君はお父さんとサイボーグの研究をしている。 ここは何処だろう?」
「…山奥の研究所です」
「それで、お父さんが君に何か語りかけている。 なんと言っているね?」

 

 

 

 あたしは今、山奥の研究所で、父と話している。
「いよいよ明日だぞ、ミツコ。 世界で初めてのサイボーグが誕生する日は」
「本当によかったね、実験台に志願してくれる人がいて。 あたし、一人もいなかったらどうしようかと思った」
「ああ…でも、近いうちに、全ての労働者が機械化される時代がやってくるさ」
 お父さんの笑顔。
「もう工場の自動化による雇用の減少を憂える必要はない。 人が機械に…道具になればいいのだからね。
さあ、明日のために、今日はもう寝ておきなさい」
「うん。 あたし、お父さんの助手として、改造手術を絶対に成功させてあげる」
 その夜、興奮の醒めないあたしは、睡眠薬の力を借りて深い眠りについた。
 
 そして次に目覚めたとき、あたしの身体はもう半分以上 人間ではなくなっていた。

 

 

 

 身体が動かない。
(これは…夢? 金縛り?)
 いや、違う。 これは、
(!?)
 あたしの身体が台の上に固定されているのだ。 服を脱がされた、一糸纏わぬ姿で。
(えっ、えっ!? なんで、どうして!?)
 既に、あたしの身体はお腹から胸のあたりまでぱっくりと切り開かれ、そこから何本ものアームが
あたしの体内に出入りしていた。
 次々に臓器がつかみ出され、機械が埋め込まれる。
 ずしり、ずしりと、あたしを構成する器官が機械に置き換わる度に、身体が重くなっていく。
(ねえ、待ってよ! あたしじゃない! 実験台はあたしじゃないでしょう!?)
 叫ぼうにも、太いチューブが口から喉の奥深くまで差し込まれていて声が出ない。 いや、そもそも
今のあたしに肺なんて残っているのか。
 手にも、脚にも複数のアームが取り付き、プログラムされた通りの、正確な無駄のない動きで
あたしを機械へと造り変えていく。
 全身に群がる細く器用な金属の腕。 それはまるで、獲物をむさぼる子蜘蛛の集団。
(やだ…やだ…こんなの、夢でしょう? そう…きっと夢)
 必死に自分に言い聞かせたその時、アームの一つが私の胸から、ある物を引きずり出した。
(心…臓……あたしの…)
 弱々しく、かろうじて鼓動を続ける生物の証が、今 あたしから永遠に切り離された。

 

 

 

 そうして私の身体は、一部の筋繊維を残し、全て機械となった。
「イヤ、なんで…なんで動くのよ…」
 手足が動く。 あたしの意思通りに動いてしまう。 この機械のかたまりが、あたしの一部なんだと言っている。
 
「やったぞ! 完璧だ、大成功だ!」
「…騙したのね、あたしを。 最初から、実験台の志願者なんていなかったんでしょう」
「ん? あ、もしかして、気付いていなかったのか?」
「…何ですって!?」
「パーツを製造するときに、実験体の身体データを見ただろう。 それがミツコ自身のものだって
気付かなかったのかい?」
「えっ…!?」
「てっきり、ミツコは事情を知った上で父さんに気を使って黙っててくれたのかと…」
 
 
 
「嘘よ…騙していたんでしょう…あたしを!」
「ん、どうした?」
 眼前の、白衣の男に飛び掛り、押し倒す。
「なっ…何を?」
「きょ、教授!?」
 両手で、男の首を力任せに締め上げると、
「ぐっ……ぅ」
 実にあっけなく、男は息絶えてしまった。
「ひっ、ひぃぃぃぃ…た、大変だ! 誰か来てくれ! 教授が、カドイデ教授が!!」

 

 

 

 私と警部さんがJ大付属病院に駆けつけたとき、すでにあの女は院内から姿を消していた。
「首を絞められたことによる窒息…どころか、首の骨が砕けてますね。 これは人間の力じゃありませんよ」
 検死官の報告は、犯人があの女であることを裏づけていた。
 非常線が張られ、私と警部さんも周囲の捜索に飛び回ったけど、その甲斐なく、あの女は完全に行方を
くらませてしまった。
 
 
「ごめんなさい…あなたのお姉さんに、逃げられてしまったわ」
 警部さんが、カズヒロさんに頭を垂れる。
「い、いえ、警部の責任じゃありません、絶対に。 むしろ、姉さんがとことん面倒をかけてしまって…」
 逆にカズヒロさんが謝り返している。
「えと…ところで、あとは姉さんを捕まえれば、事件は解決って事になるんでしょうか」
「いえ、まだよ。 カドイデ教授がサイボーグ技術を求めた動機と、あなたのお姉さんや実験体の少女を
拉致監禁した連中の正体がつかめていないわ」
「た、確かに。 今時のこの国で、そんな武力を持っているのは…暴力団とかでしょうか?」
 ここで国際テロ組織とか、工作員とかが思い浮かばないのが、いかにもカズヒロさんらしい。
「果たしてそうかしら。 今の暴力団は、専ら詐欺とか違法ポルノとかで成り立ってるみたいだけど…」
(違法…ポルノ…?)
 何か、引っ掛かる。
 
「あっ!」
「サチ、どうしたの、急に?」
「違法ポルノ、手がかりになる…かもしれません。 警部さん、保安課のほうに協力をお願いしてくれませんか?」
「い、いいけど…一体どういうこと?」
 警部もカズヒロさんもきょとんとしている。 まあ確かに突飛な発想だけど、私には一つ、心あたりがあった。