11.

 

 あの女が教授を絞殺し、逃走してから丁度一週間。 その日は、ユカリさんの新しい義体が完成し、
脳の移植が行われる日だった。
「これでようやく、ユカリさんも動ける身体になれます。 詳しい証言だってとれますから、きっと捜査も
進みますよ」
「本当にご苦労様」
 カズヒロ技術官に、心からねぎらいの言葉をかける。
 目もとのクマが、彼の疲労を物語っていた。
 
「あの、警部、その左腕…少し破損してませんか?」
「えっ」
 驚いた。 覚られまいと気をつけたつもりだったのに。
「分かりますよ。 僕の作った身体なんですから」
 彼が私の手をとり、その掌を裏返す。 左手と左腕の継ぎ目、手首関節の歪みを彼は見逃さなかった。
「ここですね。 ちょっと待っててください、すぐ修理しますから」
「別に、今はまだ大丈夫よ。 手首を動かすときに、ちょっと引っ掛かる感じがある程度だから…」
「それが問題なんじゃないですか。 待っててください、ほんの三分、パーツ交換で終わりますから」
 言いつつ、彼はもう代えのパーツや工具を揃え始めていた。
「私なんかより、一刻も早くユカリさんのほうを…と言うべきところだけど、やっぱりお願いするわ」
 私はおとなしく、左手を差し出した。
「ちょっとの間、動かないでくださいね」
 彼は私の手首を片手で支えたまま、もう片方の手だけで、器用に私の手首を分解していく。
 支えれた手首から、もう随分前に失った、暖かい人肌の温もりが伝わってきた。

 

 

 

「…警部、一体故障の原因は何なんですか? ひょっとして、この歪み方は、」
「ええ、弾痕よ」
「…やっぱり。 誰なんです、警部を撃ったのは?」
 私のことを気遣いながらも、彼の手は休まず動いている。 職人芸だ、と思った。
「昨夜あなたが徹夜で作業しているとき、署の敷地内に侵入しようとしてきた不審な男数名よ」
「警察署に侵入? 一体何のつもりですかね………はい、修理終わりましたよ」
「ありがとう」
 手首がとてもスムーズに動く。 撃たれる前より動き易いくらいだ。 きっと、気付かないような
小さな劣化が積み重なっていたんだろう。
「…で、カズヒロ技術官、侵入者達の目的に心当たりは?」
「え? ありませんけど…」
 彼はきょとんとした顔で答えた。
「あなたよ、カズヒロ技術官、狙われているのは」
「えっ…?」
 
「いい? 今回の事件は、ある暴力団がサイボーグ技術を求めて、あなたのお姉さんを誘拐し、
その記憶の復元と洗脳、及び改造施設の提供をカドイデ教授に依頼したって事なのよ」
「は、はい」
「あなたのお姉さんが行方不明の今、暴力団がサイボーグ技術を諦めなかったとすれば、次に狙われるのは?」
「あ…」
 彼の顔から血の気が引いていく。 やっと自身が渦中の人だと気付いたらしい。
「えっ、えっ、と、それじゃ僕はどうすれば」
「予定通りに行動すればいいわ。 あなたは自分の仕事、ユカリさんを助ける作業に集中して」
「ええ、でも…」
「サチが言ってたわ、逮捕状も時間の問題だって。 それまでは、私があなたを守るから」

 

 

 

 予想通り、その男は私の顔を覚えていなかった。
 J大付属病院に潜入したとき、実験体の少女を手術室に運ぼうとして私に阻止された男の一人、
暴力団S組のミナガワ容疑者に、私は逮捕状を突きつけた。
「な、なぜ…!?」
「病院側の関係者はみんな、発狂したあの女に殺されてしまったから、足がつかないとでも思った?」
 ミナガワ容疑者は、手錠がはめられた両手を呆然と眺めている。 
「実験体の少女の拉致監禁役として、病院に潜伏していたとき…ちょっと小遣い稼ぎをしようとしたのが運のつきよ」
 男の前に、数枚の画像を突きつける。
「あなた、J大付属病院の看護婦の更衣室に、盗撮カメラを仕掛けたでしょう」
「げっ…」
 そう、私が忍び込んだときに更衣室で見つけた“不届きな物”。 それは、ロッカーの前で着替える
看護婦達を狙ったピンホールカメラだ。 もちろん私自身が撮られるようなヘマはしなかったけど。
「この盗撮画像の出所をたどったら、あなただったのよ」
 
 まったく…毎日毎日、ここ一ヶ月に出回った違法ポルノをしらみ潰しに調べて、ようやくJ大付属病院の
更衣室隠し撮り映像を発見するまでどれだけ苦労した事か…
 調教された後遺症の残る私が、一日中 卑猥な画像ばかり見てれば、身体が疼きだすに決まっている。
 人工愛液のタンクが空になる度に、カズヒロさんに補充を頼むのがすっごく恥ずかしかったんだから…

 

 

 

 S組の事務所からミナガワ容疑者以下 十数名の容疑者を連行し、署に戻ると、警部さんが出迎えてくれた。
「おかえり。 そっちは首尾よくいったみたいね」
「はい。 それで警部さん、ユカリさんの新しい身体は…」
 昨日の昼から始まった脳移植作業は、予定通りなら今朝方完了しているはずだった。 
「大丈夫、こっちも成功よ。 もっとも、昨夜また邪魔が入ったけど…」
「えっ、またですか!? それで、どうなりました?」
「サチが連れてきた連中より一足早く、留置所の中でお休みになってるわ。 随分と抵抗してくれたけどね」
 よく見れば、警部さんのボディには 新たに無数の弾痕が刻まれていた。
「うわ…これ、大変じゃないですか。 早くカズヒロさんに直してもらったほうが…」
「彼は今、ぐっすりお休み中よ。 ユカリさんのために何日も徹夜したんだから、ちゃんと寝かせてあげないと」
「でも…」
「平気平気。 最外部の装甲がへこんだだけだから」
 私を安心させるように警部さんが胸を張る。
「それより、私たちに休んでる暇はないわよ。 連中の尋問と起訴手続き。それから、ユカリさんの
リハビリにも付き合ってあげないと。 同じ身体を持つ先輩として、ね」
「は、はい」
 私は慌てて、足早に仕事へ戻っていく警部さんの後を追った。